パート薬剤師さんの素敵な気遣い

以前勤めていた都内の病院には、名物おじいちゃんがいました。
私が新人の頃、窓口応対を学ぶために、来意する患者さんがかかりたい診療科に行けるように、院内を案内していました。

練習初日、病院の玄関から手押し車を押した、70才くらいのおじいちゃんが来ました。
おじいちゃんの服装は黄色い帽子、黄色いTシャツ、茶色いズボンに黄色いリュックといういで立ちです。どこからどう見ても【黄色!!】なんです(笑)。

体格は小柄ですが、ぽっちゃりしていて丸顔で、そして全身黄色の服。
私は「ディズニーのプーさんの恰好している人が来た。」と、つい思ってしまいました。

おじいちゃんは慣れた手つきで受付を済ませ、待合室で順番を待っています。
院内のスタッフは、おじいちゃんを見ると挨拶をしたり、少し話し相手になったり、体の具合を聞いたり・・・。とても気にかけているのに気づきました。
先輩に黄色いおじいちゃんについて聞いてみると、その先輩が新人の頃から黄色だった、身内はいなく、病院近くのアパートに一人で暮らしている。
黄色いTシャツは、24時間テレビのチャリティーTシャツで、毎年Tシャツを購入している。
という、マニアックな情報まで教えてくれました。
何よりすごいなぁと思ったのが、院内のベテランさんは、黄色いおじいちゃんが今日何科の診察なのか、今日やる検査は何なのかを把握していて、おじいちやんは言われるがままに院内を移動し、気が付くと看護師さんに手を引かれ会計までやってくるんです。
この病院では、会計をすると次回の予約票が発行されるのですが、おじいちゃんは手先がしびれてうまく小銭が取り出せません。
すると、事務の先輩はおじいちゃんの目の前で財布を開き、会計に必要な小銭を取り出していきます。
そう!まさに至れり尽くせりの患者さんなのです。

さらに、まだ話は続きます。
この病院には併設薬局があるのですが、こちらの薬局で私とほぼ同時に勤務を始めたので、勝手に私が同期と思っているパート薬剤師さんがいます。
この友人が、いつも病院まで薬を届けに来てくれるのです。もちろん、友人もおじいちゃんと仲良しです。
「ステキな患者さんがたくさんいる薬局で働くことが出来て私は幸せだよ」と、以前に言っていた理由がようやく分かった気がします。⇒⇒《薬剤師パート東京》

おじいちゃんはみんなに笑顔で「いつもありがとうね」「俺も世話になりっぱなしだから何かお返ししね~とな」なんて声をかけながら、毎日病院を訪れていました。

おじいちゃんは桜の時期になると、どこからか持ってきた桜の木の枝を、いつもの黄色いリュックにさしてやってきます。
全身黄色のおじいちゃんが桜を咲かせて来院する様は、まるで花坂じいさんのようです。
おじいちゃん用の花瓶まで用意され、待合室の一番目立つところに毎年飾ってありました。

おじいちゃんは残念ながら数年前に亡くなってしまいましたが。天国でもまた黄色いおじいちゃんとして笑顔でいてくれていると思っています。

文京区で働く薬剤師のぼやき

これは未だ母が生存していた頃の話しです。母は認知症を患っており、膝の変形で痛みが強く歩くのがやっとと言った状態でした。
そして胆嚢炎の為入退院を繰り返していました。
手術は術後のリスクが大きいとの事で点滴治療で回復しては退院、又炎症を起こしては入院と言った繰り返しでした。

認知症が無かったら、胆嚢摘出手術で炎症を繰り返す事は無かったでしょうが、母の場合はやむを得ず入退院を繰り返していました。
胆嚢に炎症を起こさせない様にするには、極めて脂分の制限をしなければなりませんでした。
確か一日に3g以下の脂分摂取を許されていたと記憶しています。

調理に油を使わなくても、食材自体にも脂が含まれているので、計算しながらの毎日の調理は大変でした。
まあ私のダイエットにもなると思って、極力私も脂分の少ない料理を食べる様にしていました。
でも、別腹でケーキやクッキーを食べていたので結局は痩せませんでしたけど(笑)。

そんなある日、母は室内で転んで大腿骨骨折をしてしまいました。
手術後は安静にと思っていましたが、現代では術後次の日から歩かすのですね。
驚きましたが、じっと安静にしている方が回復が遅れるそうです。
と、看護師さんが仰っていました。

母は認知症の為、手術をした事や骨折した事を忘れているので、躊躇なく歩こうとします。
それはある意味、回復にとっては助けになったのですが、又転ばないかとハラハラして、退院後は目が離せなくなりました。
案の定、又反対側を骨折してしまったのです。

こんな事があり、母の入退院はしょっちゅうでした。
そして、あってはならない事が入院中に起こりました。

それは胆嚢炎で入院している時の事です。夜間に緊急電話が鳴りました。入院中の病棟看護師からでした。
母がベッドから落ちて骨折した、との連絡でした。

母は夜中に点滴の管を抜いたりベッドから降りようとするので家族の方から拘束をしてくれとお願いしていました。
その頃の母は骨折を繰り返し以前よりもっと足が弱っていたので、こういう事にならない為にお願いしてあったのです。

明かに看護師のミスでした。
私と弟はやりきれない気持ちを病棟の看護師長に伝えました。そしてクレームを聞く担当の職員に訴えました。
それなりの対処はして頂きましたが、母が可愛そうでなりませんでした。

私自身、実は薬剤師として去年から千駄木の調剤薬局にて勤務しています。
こちらのサイト⇒http://xn--1lq1a36usyac41b9mktzl9q3c.com//にて、職場環境が抜群な求人を見つけました。
そして、薬剤師もやはり病院とは密接な関係があるので、こういった不注意などはとても気にかかります。
自分自身も、仕事上では絶対ミスはしちゃだめだなって。
私が勤務している調剤薬局にも、「○○病院の看護師は何度も採血失敗するのよ~。もっとちゃんとしてほしい」などと言ったことを、薬の受け渡し時にぼやく患者さんもいます(笑)。

二度と病院関係者の方にはこの様な事が起こらない様に、申し送りをしっかりと行って欲しいと思います。

交通事故により入院し、寝たきりの3か月

怪我で入院
まだわたしが小学校に上がったばかりのころ。交
通事故で長期入院することになってしまいました。
怪我の内容は、足の複雑骨折。顔にも少し怪我をしていました。
固定具により足を吊るした状態だったので、自分ではトイレに行くこともできずに、誰かの手を借りなければならない状態でした。
約3か月、寝返りもほとんど打てずに過ごしていました。

固定した後はあまり痛みもなかったことから、入院生活が毎日退屈で退屈で、仕方ありませんでした。
そのため、時々来る看護婦さんたちが、忙しい合間を縫って少し遊んでくれたりするのが、最大の楽しみでした。
入院患者さんたちの中でも、比較的元気な人は一緒に遊んでくれたりもしましたが、私は寝たきりなので、来てもらうのを待つのみ。
「事故は痛いし、入院すると寂しいし、動けないし、大変なんだな。もうしたくないな」
と子供心に思ったのを、今でもよく覚えています。

完全看護だったため、夜は親も病院にはいません。
そして、ベッドは窓際でした。
普段は気にならないのですが、台風などの悪天候で雨風が強かったりすると、とても不安で、心細い気持ちになったものです。
でも、医師も看護婦さんたちも、とても優しい人たちばかりでした。
そういう悪天候の日は、眠れずにいる私のところに来て、小さな声でお話をしてくれたり、歌を歌ってくれたりしたんです。
とても良くしてもらったため、退院の日は、ちょっとだけ寂しい気持ちになったものでした。

あれから随分と年月が過ぎました。
私が入院していたのは、市民病院でした。
当時、私の主治医をしていた医師は、その後に独立しました。
腕の良い医師だと市内では評判で、病院にはいつも大勢の患者さんがいます。
私はその後も、怪我をした際には、その医師の病院でお世話になっています。

あれ以降は、大きな怪我や病気をすることもなく、元気に暮らしています。
今でもふと、当時入院していた病院の近所を通ると、当時のことを懐かしく思い出してしまいます。